メトの選曲、編曲について 愛のミュージシャン ささざきゆづる 自分の編曲について、今まであんまり多くを語ってきませんでしたが、少しはお伝えしたほうがいいかなあと思い書いてみることにみました。つれづれなるままに書き下ろすので、まとまりなくなるのはご容赦を。 ●笹崎編曲の歴史について教えてください。(32歳・会社員) 笹崎のはじめての編曲は小学校の時に遡りまして、オーケストラの曲とかをピアノで弾くために譜面を書いたのがその始まりです。初めてのマンドリン向け編曲は、高校のいつだったかなあ、あんまり覚えていません。いずれにしても、クラブ活動で取り上げる編曲が、当時の自分から見てもあまりにも稚拙なので始めたのが、そのきっかけであることは確かです。大学時代にはずいぶんとたくさん編曲を手がけました。主に大学のマンドリンクラブ関係で演奏するためのものなので、管楽器の入った大編成のものが中心でした。他大学の編曲も手がけ、それなりにいいアルバイトにはなりました。 社会人になってから、編曲のスタイルが変わります。マンドリンに向いた編曲って何だろう、そう考えるようになりました。それまでは、自分の好きな良質な曲を選んで演奏したという思いだけだったのですが、マンドリンである必然性がないことに気付きまして。 つまり、こういうことです。「たとえば、Mahlerの交響曲全集だって、マンドリン・オーケストラでやろうと思えばできるに違いない。Bruckner交響曲全集もできるかもしれない。BeethovenだってMozartだって、何だってできる。上手な賛助を金目に糸目を付けずに呼んでくればいいだけの話だ。でも、それって、どれくらいの意味があるものなのだろう。」 それからの編曲活動は、その問題に対して自問自答してきた軌跡でもあります。マンドリンに向いていない曲の編曲依頼について渋るようになったのもこの頃からです。 マンドリンとヴァイオリンは、まったく違う楽器。それはいうまでもありません。どっちがどう表現力があるかとか、そんなことを問うことも意味がないと思っています。それぞれの楽器にはそれぞれの表現能力がある、それだけのことです。 いつの頃からか、マンドリンオーケストラのいい部分って繊細さだと感じるようになりました。それ以来、ピアノやピアニッシモに焦点をあてた選曲や編曲が増えてきたわけです。 繊細さについてちょっと書きましょうか。たとえば楽器のピアノって、どんなに弱い音で演奏しても、僕に言わせると繊細な音にはならない気がするのです。オーケストラの中で繊細さを持った楽器っていったら、ハープとかでしょうか。そうそう、ハープってどんなに強い音で弾いても繊細さを残してますね。逆に、決して強靭な音色にはならない。もちろんハープの繊細さとマンドリンの繊細さとは、また違うものなんですけど。 マンドリンのオーケストラって、どうしてもフォルテの種類は少なくなってしまうように感じています。弱音の種類で勝負できないだろうか。ピアノの中で対比できないだろうか。そんな思いがあります。そんなわけで、楽器の組み合わせとか、打楽器とか鍵盤楽器の微妙な使用とか、細かい工夫をしてある箇所が多くなるわけです。Debussy「春」にアンティーク・シンバルとか入っているのなんかは、その顕著な例といえるでしょう。目立たないような細かな細工を施しているところは数多いです。 「いろんなピアノ」。これはキーワードです。 そんなわけで、メトロポリタン向けの編曲は、繊細な効果ってものをいかに引き出せるか、という視点で選曲もしてきたし、編曲もしてきたつもりです。 ●笹崎編曲の特徴について教えてください。(23歳、OL) 最近の特徴について自分で意識している書法は以下の通り。 1)1stマンドリンと2ndマンドリンはまったく対等に書いています。旋律は1stに、という固定概念が通用しない書法。難易度も変わらないし、音の高さもそんなには変わらない。どのパートにどう振り分けるかについては独自の考えがありますが、それは企業秘密にしておきます。 2)後ろのプルトへのソロの多用。前後のオーケストラに分けるという手法も使いました。最近では、Debussy「春」とRavel「優雅で感傷的なワルツ」で使っています。 3)ソロとトゥッティを書き分けて、コンチェルト・グロッソ的な対比をする手法。Respighi「ローマの噴水」もこの手法によって書かれています。 4)ギターの扱い方。ほかの人とまったく違うギターの使い方をしていることは、なんとなくおわかりでしょう。高音域の多用、休符の多さ、とか。理由ははっきりとありまして。早い話が、マンドリン・オーケストラ音色の多様さをギターによって引き出したいから、ということにつきます。 でも、これ以上は秘密です。いずれにしても、ギターに対しては音色の多様さを特に求めています。ハーモニックスが最近やたら多いのは、その現われだったりもします。1つ1つの音色に対して気を配っていただき、曲想にふさわしい音色選びをしていけば、もっと繊細な音楽作りができるんじゃないか、そう思っています。 5)打楽器や鍵盤楽器の使い方。基本的には、単色に近いマンドリン・オーケストラに色彩を施すものと考えています。原曲と違う使い方をすることがしばしばあります。 6)正直な話、弾きやすさなんてこれっぽっちも考えていません。技術的に不可能なことは避けますが、練習していただいて弾けてなおかつ個人個人が音色とバランスを考えて弾いた時にもっとも効果があがる手法を選択します。 7)特殊奏法の導入。たいがい「笹崎譲と奥多摩くゎるてっと」で実験してから導入していたりします。 8)最近の興味の対象は音色にあるといってよいでしょう。よりカラフルに、ということではありません。その曲の持つ色彩をいかに表現できるか、ということです。Berg「ピアノソナタ」やMahler「交響曲第10番」のようにモノクロームな色彩を意識することもあるのです。 9)ここでいう「音色」は、楽器の音色というよりは、「オーケストラの音色」の方です。違いがおわかりでしょうか? ある和声をどんな楽器にどのように割り振って効果的な音色を出すか、ということです。個人個人の音色もそうですが、それ以上に、この部分ではどんな音色が要求されているのか(個々の楽器というよりもオーケストラ全体として)を一人一人が理解しながら演奏することが必要となってくるのです。 10)その意味ではオーケストラで演奏しているというより「室内楽を演奏している」と意識していただいたほうがよいのです。 ●笹崎編曲を活かす方法についてどうお考えですか? (30歳・国家公務員) 繰り返しになりますが、一人一人が音楽のつくりと和声を理解して、自分のパートの位置付けをわかった上で、お互いに聴き合っていけば、絶妙な音色が沸き上がってくるはずなんですね。反面、精緻に書いている分、お互いに聴き合わないとバランスを崩す可能性があります。もちろんもっとも効果の出やすい、あるいはバランスを崩しにくい編曲を施してはいるのですが、効果を十分に活かすためには、一人一人の耳と繊細な技術が絶対に必要です。 ●管楽器は入れないのですか? (25歳・フルート奏者) 入れないことにこだわっているわけではありません。JMJ向けの編曲では入れていますし。けれども、音色の違いなどさまざまな理由から、入れない場合のほうが多くなっています。合唱との共演にはたいへん興味がありますが、実現には至っていません。 ●原曲と音を変えることはありますか? (21歳・学生) メトロポリタンで選曲しているものに関しては、あまり変えません。原曲の完成度が高いからです。もちろん、後で書きますが、念入りに楽曲分析をしてから書きはじめますので、原曲の間違いや不整合なところは正しく直します。 もっと言えば、原曲の完成度がそれほどでもないような曲は選びません。「完成度が高い楽曲で、マンドリンに向いた曲」。かなり絞られますが、将来もこの方針を崩すことはないと思います。 なお、完成度の高くない楽曲を取り上げる場合、たとえばマンドリンの作曲家の書いた曲に新しいオーケストレーションを施す場合などは、原曲の面影すら残さない場合も多々あります。 ●Finaleを導入して、編曲の仕方は変わりましたか? (30歳・自営業) トータルから言えば、スピードはそんなに変わらないでしょう。ただし僕の場合、後で書き直すケースが多かったので、消しゴムで消してほかの段に同じ様な音符を書き写すといった手間が省ける分早くなったと思います。 何といっても変わったのは、写譜の作業量が軽減されたこと、そして写譜ミスがありえなくなったこと、この2点でしょう。手書き時代は、1回目の合奏は音の間違い探しに費やさなければならなかったですから。 僕の手書きのスコアって消しゴムで消したあとがたくさんあって苦労の跡が見えたんですけどね。デジタルではきれいに出力されるので、もしかして簡単に編曲しているように思われているのかもしれませんね。 あとは、そうそう、けんしょうえんになりにくくなりました。音符を黒く塗りつぶす作業はしんどかったですからね。って言っても、キーの叩きすぎで、なる時にはやっぱりなりますけど。 ●笹崎編曲はどのような進め方で編曲されているのですか?(24歳・会社員) 世間の方々は、作曲とか編曲とかは、ピアノに向かって行うと思っているみたい。人によるのかもしれませんが、僕は全然そんなことはしません。頭の中で正確に音が鳴りますから、楽器がそばにある必要はないのです。かえってそばに楽器がないほうがはかどります。なぜなら、ついつい遊んでしまうからです。 編曲の手順はおおよそ次の通りです。 1)とにかく暗譜するくらい曲を覚える。編曲する曲のCDは絶対聴かない。世間の解釈に惑わされないためである。その作曲家のほかの曲は真剣に聴く。オーケストレーションなどを研究するためだ。ピアノで弾ける曲は弾くことがある。 2)頭の中で編曲の構想をひたすら練る。たいがい電車の中。 3)Finaleに向かう。すでに頭の中ではほとんどできているので、BGMにほかの曲を聴きながら行う。 4)それでも細かな点では困ることがあるので、その時は無音の状態で考える。 5)ギターだけは押さえられるかどうかまだ頭ではわからないので、そばに置いている。時々遊んでしまう。ちょっとした曲は弾けるようになってしまった。 6)ひととおり音を入力したらプリントアウトして原曲譜面と照らし合わせて綿密にチェックする。だいたい喫茶店か電車の中。 7)ここではじめてMIDIで音変換をして臨時記号の抜けとかをチェック。 8)校正通りに訂正していく。 9)もう一回プリントアウト。 10)校正通り直っているかチェック。たいてい電車の中。 11)完成した譜面をプリントアウト。コピーして控えをとる。 12)ファイル変換をしてフロッピーに保存。 13)奥多摩地方の方にフロッピーを郵送。
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